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へちまのき
へちまの木
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页
と云って房二郎はさぐるように木内を見た、「それで、ゆうべ別れるときに、まっすぐ小舟町へ帰るようだったかい」
「どうだったかな、おれも酔ってたから覚えちゃあいねえが」
そのとき、廊下を隔てた裏座敷で、ひーという主婦の叫び声が聞えた。そこは主人夫妻の寝る八帖で、主婦のおそでがそういう声を出すときは、きまってやきもち喧嘩であり、主人の西川文華はすぐさま記事部屋のほうへ逃げて来るのがきまりだった。躰力でも腕力でも、そして弁舌においても、文華はとうてい女房に対抗することはできなかったからである。
「文華はね、房やん」と木内が囁いた、「あのちょび髭で女狐をたらし込んだのさ、もちろん金がめあてでね、――ところが、ちょび髭はあの女狐をたらす役に立っただけで、女狐は財布の紐をがっちり握ったままだし、いまのように喧嘩となると、三文の役にも立たねえ、哀れなちょび髭さ」
「記事はまだかい」と隣りから彫り師の源さんが呼びかけた、「こっちは手をあけて待ってるんだぜ」
「まだ新らしいのはねえな」と木内が大きな声で答えた、「昨日の深川心中でも増し摺りをしていてもらおうか」
「なんだい、あんなすべたあまになんぞ騙されやがって」