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イデオロギーのろんりがく

イデオロギーの論理学

戸坂 潤

「性格」概念の理論的使命「新興科学の旗のもとに 一巻二号」1928(昭和3)年10月<br>「問題」に関する理論「哲学研究 一五七号」1929(昭和4)年2月<br>論理の政治的性格「思想 九〇号」1929(昭和4)年8月<br>科学の歴史的社会的制約「東洋学芸雑誌 四六巻一号」1929(昭和4)年12月<br>科学の大衆性「思想 九六号」1930(昭和5)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,463 字 · 229 页

青空文庫

それ故、吾々の求めている形態を決定するものは、個人に関わる概念ではあり得ない。それは社会的存在である外ない。一般に、意識形態を決定するものは社会であるであろう。今はその特殊の場合として、情意形態・信念形態に就いて、之を決定するものが社会である、ということとなる。

社会が情意乃至信念の――一般に意識の――形態を決定する。前に、情意乃至信念が論理形態を決定した。故に社会は論理形態を決定し得る筈である。併し単に、社会が意識形態を決定しそして意識が論理形態を決定するから、従ってただ間接に社会が論理形態を決定することになる、と云うのではない。もしそうならばこの二重の形態決定関係によって最初の形態は多少ともその形を崩し変装するであろうから、もはや充分な意味に於て社会が論理形態を決定するとは云われないかも知れない。今はそれだけではなくして、この二重の形態決定関係を条件として、それの上で、社会が直接に、論理形態を決定し得るというのである。社会は意識形態を決定するばかりではなく、みずから論理形態をも決定し得ると云うのである、ただその場合意識が予め論理形態を決定していることを条件とするまでである。