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グッド・バイ
グッド・バイ
「朝日評論」1948(昭和23)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,818 字 · 30 页
気にしなくたっていいわよ。」
カラスミ、こんなにたくさん、とても食べられるものでない。それにまた、味の素を振りかけるとは滅茶苦茶だ。田島は悲痛な顔つきになる。七枚の紙幣をろうそくの火でもやしたって、これほど痛烈な損失感を覚えないだろう。実に、ムダだ。意味無い。
山盛りの底のほうの、代用味の素の振りかかっていない一片のカラスミを、田島は、泣きたいような気持で、つまみ上げて食べながら、
「君は、自分でお料理した事ある?」
と今は、おっかなびっくりで尋ねる。
「やれば出来るわよ。めんどうくさいからしないだけ。」
「お洗濯は?」
「バカにしないでよ。私は、どっちかと言えば、きれいずきなほうだわ。」
「きれいずき?」
田島はぼう然と、荒涼、悪臭の部屋を見廻す。
「この部屋は、もとから汚くて、手がつけられないのよ。それに私の商売が商売だから、どうしたって、部屋の中がちらかってね。見せましょうか、押入れの中を。」
立って押入れを、さっとあけて見せる。
田島は眼をみはる。
清潔、整然、金色の光を放ち、ふくいくたる香気が発するくらい。タンス、鏡台、トランク、下駄箱の上には、可憐に小さい靴が三足、つまりその押入れこそ、鴉声のシンデレラ姫の、秘密の楽屋であったわけである。