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パノラマとうきだん

パノラマ島綺譚

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1926(大正15)年10月~1927(昭和2)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 78,920 字 · 153 页

青空文庫

水には一片の塵芥も浮ばず、断崖には一茎の雑草すら生立ってはいないで、岩はまるで煉羊羹を切った様に滑かな闇色に打続き、その暗さが水に映じて、水も又漆の様に黒いのです。従って、先程眼界が開けたといったのも、決して普通の様に明るくパッと開けたのではなくて、谷の奥行は霞む程も広く、絶壁は見上る様に高いのですけれど、それが一体に妖婦の眼隈の様に艶かしくも黒ずんで、明るい所と云っては、絶壁と絶壁との庇間の細く区切られた空、それも平地で見る様な明るいものではなく、昼間も夕暮時の様に鼠色で、そこに星さえまたたいているのです。更らに、もっと変っているのは、この谿谷は、谷というよりは、寧ろ非常に深い、細長い池と唱えた方がふさわしく、両方の端が行詰りになっていて、一方は、今二人が出て来た海底からの通路の所、他の一方は、その反対の側の遙かに霞んで見える、異様なる階段に尽きているのです。その階段というのは、両側の断崖が徐々に狭まって、その合した所に、水面から一直線に、雲に入るかとばかり、そそり立っている所の、これのみは真白に見えている、不思議な石階を云うのですが、それが周囲の黒ずくめの間に、見事な一線を劃して、滝の様に下っている有様は、その単純な構図故に、一際崇高の美を加えているのでありました。