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さんじゅうにこく

三十二刻

山本 周五郎

「国の華」1940(昭和15)年9~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,273 字 · 31 页

青空文庫

その答の終らぬうち、裏門の脇に当って再び、築地塀を崩す重苦しい音が響きだした。そして、それと同時に、また二十人ほどの人数が塀を乗越えて邸内へ侵入してきた。

聞く者の肌に粟を生ずるような悲鳴が起った……築地塀から跳下りた寄手の者たちが、前者の如く逆茂木に身を突貫かれたのである。そしてすかさず走寄る槍組の家士たちが、端からそれを討止めてしまった。

ずしん……ずしん……ずしん。

築地塀を突き崩そうとする響きは、運命の跫音のように、無気味な、圧しつけるような震動を屋敷中に伝わらせた。そこへはすでに防ぎの人数が詰め掛けているのだが、突崩されるのを待つ空虚な、そして掻られるようなもどかしさ苛立たしさに、みんな眼を光らせ、ぶるぶると総身を震わしていた。

図書は不意にはたと膝を打ちながら、

「六郎右衛、水を持て」

と叱りつけるように命じた。

家扶が立つより早く、宇女が走ってゆき、金椀に水を満して戻った……図書は外向いたまま取って飲み、黙って残りを宇女に返した……そして宇女がその残った水を、いちど額まであげ、隠れるようにしてそっと啜るさまを、彼は眼の隅から見ていた。