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さんじゅうにこく

三十二刻

山本 周五郎

「国の華」1940(昭和15)年9~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,273 字 · 31 页

青空文庫

この趣お舘様へしかとお伝えください」

「承わった。しかしまずくれぐれも養生を大切になされい」

上使は帰っていった。

色々な事が分った。築地塀を突き崩して雪崩れ込んだ山脇勢は、しかし厳重な逆茂木に阻まれ、死を期した疋田の家士の切尖を喰って幾度となく敗退し、決戦の期を得ずして夜明けを迎えた……そこへ、老臣たちからの急報によって、角舘から式部少輔義※(「宀/眞」、第3水準1-47-57)が、自ら三百の兵を率いて到着したのである。味方にとっては救いであり、敵にとっては絶望の時であった。

山脇の死者九十余、味方の死者三十二、傷者二十七という戦果を聴きながら……図書はひそかに上意文の「火薬」の条を反芻していた。そればかりではない。もし酒があったなら、戦気を鼓舞された家士たちは、恐らく勢の趣くままに斬って出たことであろう……不思議な感動が湧いてきた。図書は全身の感覚で宇女の前に感謝したい欲望を感じた。しかし彼はそれを懸命に抑えつけながら、

「……六郎右衛」

と叱りつけるように呼んだ。

「はっ」

「大橋へすぐ使いにまいれ、宇女が無事だということを知らせるのだ。案じているであろう、急いで行け」