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さんじゅうにこく

三十二刻

山本 周五郎

「国の華」1940(昭和15)年9~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,273 字 · 31 页

青空文庫

老いも若きも、みんな息を弾ませ、眼を輝かしていた。

「よう来たな、玄蕃腰が伸びるか」

「吐かせ、わしが来ずに戦ができるか。お主こそ老眼で過すなよ」

「伝七、功名競べだぞ」

「なにを、長門の首は拙者のものだ」

そんな応酬が元気に飛んだ。

「すぐに奥へお通りください。すぐに奥へ……」

家士たちが連呼していた。

壕をめぐらしたこの屋敷は広さ三町歩に余る。厚さ三尺もある築地塀が三方を囲み、背後は将監台の叢林と崖になっていた。構の中には百坪足らずの母屋が鍵形に延び、高廊架で別棟の隠居所と通じている。武庫が三棟、厩二、家士長屋三、他に小者部屋、物置作事場などの建物がある。作事場は疋田家が藩から委托された火薬製造所であって、その改良研究が図書の任務の一になっていた……これらの建物のほかは、ほとんど菜園であった。

乗着けてきて繋がれた馬は、厩前から武庫の方まではみだし、昂ぶった嘶きや蹄で地面を蹴立てる響きが、右往左往する家士や小者たちの物々しいざわめきを縫って、屋敷いっぱいに異常な緊張感を漲らせた……到着した人々はただちに広間へ通った。全部で六十人を越したであろう、一刻足らずの内に疋田一族はほとんど顔が揃った。