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かずえはいそがしい

主計は忙しい

山本 周五郎

「奇譚」1940(昭和15)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,315 字 · 37 页

青空文庫

「――悪いか」

「云ったじゃないか、おれとだけやるがいいって、まあ坐れよ」主計は相手をそこへ坐らせ、自分も膝をつき合せて坐った、「――はっきり云うが悪い、あの手はいけない、昨日はいちおう負けたがあれは悪手だ、こんなことを云うだけやぼだが、刀法というものが実際の役に立つ時代は去った。刀は武家の象徴だし、刀法は精神鍛錬がおもな目的になっている、勝ち負けも大事だが、それより更に法とか品位とか気魄などが大切だ、梶派が特にそれを重んずることは知っている筈じゃないか、なんのためにそう焦るんだ」

「焦るのが無理か、牧野」平之助はするどい眼をあげた、「――おれは足軽の二男坊だ、十四の年からこの道場で育ち、いちどは筆頭師範代にもなりかかった、だがそれがゆき止りだった。おれはもう二十八になる、それだけの才しかないのかもしれないが、このままゆけば家を持つことはおろか妻を娶ることさえ出来ない、尋常のことをやっていたのでは平の師範代で一生ひやめしを食わなくてはならないんだ、そこもとのような幸運に恵まれた者には、これがどんなにみじめなことかわからないだろう」

「おれが幸運に恵まれているかどうかは預かろう、しかしそこもとがもしそう考えるなら、いっそう自重しなければならぬではないか」