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こじきがくせい

乞食学生

太宰 治

「若草」1940(昭和15)年7~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,682 字 · 68 页

青空文庫

「これから、また、ぼちぼち八犬伝を読み直すのだから。」

「僕は、かまいません。」熊本君も、私たちと一緒に外出したいらしいのである。「なんだか、面白くなりそうですね。あなたは青春を恢復したファウスト博士のようです。」

「すると、メフィストフェレスは、この佐伯君という事になりますね。」私は、年齢を忘れて多少はしゃいでいた。「これが、むく犬の正体か。旅の学生か。滑稽至極じゃ。」

たわむれて佐伯の顔を覗くと、佐伯の眼のふちが赤かった。涙ぐんでいるのである。今夜の事が急に心配になって来たのだろうと、私は察した。黙って少年佐伯の肩を、どんと叩いて私は部屋から出た。必ず救ってやろうと、ひそかに決意を固くしたのである。

三人は、下宿を出て渋谷駅のほうへ、だらだら下りていった。路ですれちがう男女も、そんなに私の姿を怪しまないようである。熊本君は、紺絣の袷にフェルト草履、ステッキを持っていた。なかなか気取ったものであった。佐伯は、れいの服装に、私の着物在中の風呂敷包みを持ち、私は小さすぎる制服制帽に下駄ばきという苦学生の恰好で、陽春の午後の暖い日ざしを浴び、ぶらぶら歩いていたのである。