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ぼうれいホテル

亡霊ホテル

山本 周五郎

「新少年」1937(昭和12)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,706 字 · 20 页

青空文庫

「帳場では何と云ったね」

「その時分丁度みんな食事中で、帳場には若い給仕がいたそうですが、それがもう帰ったあとで分らないと云うんです。――然し来たものなら着換えの包みを預けるくらいの事はして行く筈ですから……」

博士は黙って何か考えていた。白いものの混っている眉毛がひどく顰んで、額に深い立皺が寄っている。

「うむ、うむ、なるほど」

凡そ十分ほども、何事か考えていたのち、博士は急に眉をひらいて呟いた。

「先生、僕ちょっと家へ帰って来たいと思うのですが、妹の身上がどうも心配で」

「まあ待ち給え」

博士は椅子から立って、西側の窓の鎧扉をがらがらと明けた。――外は初冬の寒い風で、高台の街々はもう大方は灯が消えている。然しホテルの建っている場所から、谷を隔てた処に在る第×聯隊のモダン営舎だけは、支那事変のための夜間訓練でもあるか、まだ灯火が美しく燿めいていた。――博士は暫く外の冷たい風を吸ったのち、再び鎧扉を下ろして戻った。

「君はねえ伊藤、――今度の僕の研究が、軍事上の機密に関するものだと云うことを知ってはいないだろうね」

「存じません。ただ厳重な秘密研究だということだけは伺いましたから、此方へ来ても誰にも知らせなかったのです。