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ぼうれいホテル
亡霊ホテル
山本 周五郎
「新少年」1937(昭和12)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,706 字 · 20 页
煖炉の火床
博士は耳へ口を寄せて囁いた。
この深夜、殺人の行われた部屋で、亡霊の現われるのを待つ、――他人が見たらそれはまるで中世紀の伝奇物語のような光景だと云うだろう。だがいま伊藤豊治にとっては実に切迫した、実に現実的な気持だった。正直のところ彼は、闇の中に息を殺していたその夜の数時間を思うとき、いまだに不快な、襲われるような恐怖を感ずるくらいである。――夜は更けて行った、そして、やがて階下のロビイの時計が午前二時を打ち始めた。
煖炉の火床
二時を打った時計の余韻が、寝静ったホテルの廊下にたゆたいながら消えて行った、――そのとたんであった、静かな闇の何処からともなく、
「あああああ、ううううう」
と云う女の呻声が聞えて来た。――それは悲しげな、息詰まるような、聞く者を慄然とさせる、死に瀕した者の呻きであった。
「――先生」
「黙って、黙って!」
博士は強く制した。伊藤青年は脇の下に冷汗の流れるのを感じながら犇と拳銃を握緊めていた。――女の呻声は低くなり、やがて又高くなりつつ断続した、と……間もなく、東側の壁のあたりでカチリ、と云う低い音がしたと思うと、丁度床から七呎あまり上の壁に、ピカリ! ほんの微かな火花のようなものが閃めいた。