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にんげんせいかつのむじゅん
人間生活の矛盾
丘 浅次郎
「中央公論」1926(大正15)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,798 字 · 36 页
があるかも知れぬが、それはけっして実行のできるものでない。人間のすることを総括して考えてみると、意志はただ本能の許す範囲内においてのみ自由で、その以外には出で得ない。智力の方も、それと同じく途中の理窟は何とこじ付けても結論だけは初めから本能によってきまっている。畢竟智力なるものは無意識的に本能の命令を受け、意識的にその方法を研究するもので、結局、本能の実行機関に過ぎぬ。団体的精神というと、何となく、当人の意識している部分が大いに加わっているように聞えるが、自然淘汰によって、発達するのは、ただ基礎となる社会本能だけであって、けっして外に現われた意識的の精神ではない。さて社会本能が次第に進歩して終に完全の域に達すると、その団体はいかなる状態になるかというに、それは今日の蟻や蜂の社会に見るごとくに、各自はまったく社会奉仕の念に満たされ、そのなすことはことごとく社会にとって有利なことばかりである。誰も彼もがただ社会の利益をはかり皆同一の目的を狙うて行動すれば、その間に矛盾の起るべき理由は少しもない。
蟻や蜂の社会では社会本能だけが発達すれば、それで、完全な社会生活を営むことができるが、人間の蕃社では相手の蕃社と競争するにあたってなお一つ必要なことがある。