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にんげんせいかつのむじゅん

人間生活の矛盾

丘 浅次郎

「中央公論」1926(大正15)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,798 字 · 36 页

青空文庫

二

前に述べた概略からでも知れるとおり、私の学説は、自然淘汰説を基として、その上に自身独創の説を積み立てたものであるから、もしも自然淘汰説が成り立たぬものと定まれば、私の説は当然倒れてしまう。また、自然淘汰説を認めるとしても、人間の団体が大きくなり過ぎて、団体間の自然淘汰が中絶し、そのため社会本能や階級本能が退化したという私の独創の説に対しては、無論反対の考えを持つ人もあるであろう。されば、私の学説は、あたかも二階造りの建築物のごときもので、一階が崩されれば無論全部が倒れる、また二階だけを毀して一階を残すこともできる。とにかく、一階がなければ、二階をその上に載せることができぬゆえ、議論の順序として、まず何故、私が自然淘汰説を、もっともたしからしい仮説として採用するかを述べる。

二

世の中には未だ生物進化論と自然淘汰説とを混同している人さえある。生物進化論とは生物の各種は長い間には次第に変化するもので、後の子孫に比べると初めの先祖は大いに違うていたと唱える論であるが、このことは今日ではもはや確かな事実として知られ、後日に至ってまた覆されるようなことはけっしてない。