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ふゆがれ

冬枯れ

徳永 直

「中央公論」1934(昭和9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,850 字 · 48 页

青空文庫

――

「プロレタリアに故郷はない」とかいう、誰れかの言葉を思い出して鷲尾は苦笑しながら田圃を横切った。百姓家などもまじっている部落は、もう見知らない人ばかりだった。年寄なぞに偶々見覚えがあって会釈しても、相手はキョトンとした顔をしていた。

片ッ方に竹籔があって、倒れかかった垣根の内側に、泥壁を剥き出した藁屋根の家のまえまでくると、鷲尾は二三度ゆきかえりした。入口には行商でもするらしい笊に天秤などがたてかけてあった。

しばらくすると、縁側の方の陽だまりから頓狂な声がして、坊主頭に汚ない絣を着た若いような、老人のような男があらわれた。

「バカッ、バカッ……」

懐手して、ずンぐりな男は頸がねじれているようで、右仰向きに空へむかっては、怖ろしい勢いで、百舌鳥のような奇声を発するのである。――

「N君、N君……」

鷲尾は帽子を脱りながら、二三度声をかけてみたが、まったく反応がないのをみると、黙ってそのままたっていた。

この男は三・一五の被告で、娑婆へ出てきたときは狂人であったが、以前は電車の車掌だった。鷲尾より二三年下の、同じ小学校出で、このひどく変った容貌をみても、微かに幼顔が憶い出せたが、――六七年前、熊本市の市電争議の指導者だった当時の彼の風貌がどこにあるだろうか……。