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なんぼく
南北
横光 利一
「人間」1921(大正10)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,591 字 · 40 页
心臓をやられてさ。うん、ひどい目にあった。」と彼から云った。
秋三は自分の子供時代に見た村相撲の場景を真先に思い浮かべた。それは、負けても賞金の貰える勝負に限って、すがめの男が幾度となく相手関わず飛び出して忽ち誰にも棹のように倒されながら、なお真面目にまたすがめをしながら土俵を下って来る処であった。彼は安次だ。安次は両親と僅に残された家産を失くすると、間もなく軽蔑された身体を村から消した。最早やそれから九年も経った。が、今、また秋三は彼を見たのであった。
「ほんに、お前安次やったのう。なんと汚い身体になったもんやないか。触ったら苔がめくれて来うが?」
「お母を呼んでくれんか?」
「今日はおらんぞ。お前これから何処へ行くつもりや?」
秋三は柴を下ろしながらそう云うと安次の傍へ蹲んだ。
「何処って、俺に行くところがありゃ結構やさ。」
「帰って来たんか?」
「帰ったんや。医者がお前、保たん云いさらしてのう。心臓や。」
「心臓か、えろう上品や病やのう。」
「うむ、もう念仏や。お母はおらんか。」
「お母に何ぞ用があるのか?」
「お前とこで世話になろうと思うているがの、一つ頼んでくれんかなア?」