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よつや、あかさか
四谷、赤坂
宮島 資夫
「東京日日新聞」1927(昭和2)年10月4日~9日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,947 字 · 18 页
エロシェンコ
人間の二、三倍も大きな物だったような記憶がある。
汽車は全く珍しかった。鉄道馬車もガタ馬車もない土地の子供には、非常な驚きと喜びだった。殊に離宮下を貫く長いトンネルは、どうして掘れたのか子供には判らなった。開通当時は汽車の方も呑気だった。時間も間違う代わりに五厘出しても一銭出しても、信濃町までの切符をくれた、お客は大半子供だった。
汽車がトンネルに入ると、『わーっ』という叫びを揚げる。真暗な場所に来ると闇の中で息をひそめる。出口の光がほのかにさし込むと、歓声は再び揚がる。信濃町で降りててく/\歩いて帰るのである。何しろ戻りの汽車は、それから一時間も待たなければならなかったからである。
信濃町停車場前には、輜重兵連隊があった。今の慶応病院である。隊の裏に竹藪があって、竹馬の季節になると、そこへ竹を切りに行った。竹屋で売る竹よりも節が高くて、桟をつけるに工合がよかった。考えて見ると、竹馬も長崎凧も、根っ木も、ブン/\も、私達子供の頃は皆自分の手で作った。小刀で手をよく切った。が、今の学校の手工より実用的だったかも知れない。
エロシェンコ
見附と相対して、新宿駅附近が今日の四谷区の西端となっているが、誰が今日の盛観を、予想した人があるだろうか。