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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

お互いのとしになってこんなことを云うのはおかしいがね」と春彦は或るとき暗示するように云った、「たしかグレシャムも云っているが、食事は一と口を百回以上噛まないと、充分に栄養が吸収されないそうだよ」

ばんくんは片方の眉だけ、かすかにぴくりと動かし、ちょろの云った言葉が口からはいって、喉から胃の中へおちついたと思われるころ、ゆっくりおくびをし、一と言ずつ区切って慎重に云った。

「めしはね、あんまり噛むとうまくないんだ、二、三度ぐらい噛んでね、ぐっとのみ込むときに、半搗きぐらいのめし粒が喉をこすっておりるときの、匂いと味がね、たまらないんだ」そして、実際どのくらいたまらないかを表現しようとするかのように、下顎を前方へせり出させ、それからまた云った。「そうでないにしても、そんなに噛むのはいやだな、――くたびれるからね」

土川春彦は事業家だと自負していたし、これまでに無数の事業をもくろんだ。彼自身の言葉を信ずることが誤りでなければ、その内の幾つかの事業は実現し、相当なところまで軌道に乗ったということだ。しかし結局のところ、小資本の企業は大資本にくわれてしまう。