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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
「突っつくとはねるでへ」
ちょろは鯉の一尾を指で突いてみた。そいつがはねるけしきをみせないので次を突つき、次を突ついてみたが、やつら口をぱくぱくさせるばかりで、なにが不満なのかどれ一つとして元気よくはねてみせるやつはいなかった。
「おら百姓でねがす」ちょろはばかげた高ごえでいった、「のら仕事のあいさにこいつらを捕って持って来たですへ」
「きれいだわね、本当にきれい、鮒を見るのは初めてよ」若夫人は嘆賞の眼をかがやかせながら、鮒を見、また鯉を見ていたが、やがてちょろのほうへ眼を戻すと、急に事務的な声になって問いかけた。「あんた塩鮭持ってない?」
土川春彦の眼がかっと大きくなり、なにかいおうとして口をあいて、言葉が出てこないので閉め、また口をあいてなにかいいかけたが、若夫人はもうバス・ストップのほうを見やっていた。まるで突然、春彦や二つの容器の中の鮒や鯉の存在が、そこからかき消されでもしたように。そうして、こっちへ進行して来るバスを認めたのであろう、優雅な動作で腕時計をちらと見、ゆったりした足どりで去っていった。
土川春彦は荷を片づけた。背負い籠の中へまず鯉の容器を入れ、その上に板をのせてから鮒の容器を入れ、竹で編んだ蓋をかぶせて紐を掛けた。