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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

「あ痛」と島さんは胸を押えた。

「かりそめにも」と寒藤先生は云った、「男子たる者が心にもないことを云うものじゃない」

そして持っている茶碗を上にあげて、「いただく」と云い、ぐっと一と息に飲んだ。

「さあ、諸君もどうぞ」島さんは他の四人に向って、明るい笑顔をみせながら云った、「摘み物はおのおの手にのせてやって下さい、古代ローマでは帝王も貴族もみな手づかみで喰べたものです、僕はここで、――不義なる富と虚飾をわらって飲もう、と云いたいところですが」

「帝王や貴族にまねるのなら」と岡田少年が云った、「富や虚飾をわらうことはできませんね」

寒藤先生がばかげた声をだして笑い、島さんはまた「痛い」というふうに胸を押えて、云った。

「ブルータスよおんみもか」

「自由だ、解放だ」と岡田少年が云った、「圧制は崩壊した」

島さんは頬へ平手打ちでもくったように眼をみはり、すると例のデリケイトな発作がおこった。岡田辰弥少年はいま経験したばかりだし、隣りの富川さんと小田滝三はすでにその病癖を知っていた。けれども寒藤清郷とたんば老人の二人は初めてなので、いちどは驚いたが、次には深い興味を唆られたとみえ、島さんの顔面にあらわれる無秩序な、むしろ乱脈ともいえる神経痙攣の経過を見まもっていた。