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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
島さんは見られることに馴れているのだろうか、例のものが喉から鼻へ抜けるまで、ゆうゆうと発作に身を任せていて、それが終るといさましく笑った。
「これはサプライズだ」と島さんは岡田少年に云った、「きみはシェクスピアを知ってるんだね」
「岡田少年は英語の天才だ」寒藤先生が代って答えた、「ひるまは大新聞社に勤務し、夕方からは正則英語学校の夜学にかよっておる、将来は大英語学者になる人物なんだ」
「それは洋々たるものですね、きみ岡田くん」と云って島さんは右手を差出した、「握手をしよう」
それから酒がまわり始め、寒藤先生が「細君はどうした」と云った。細君に一杯酌がしてもらいたい、客を迎えるのに一家の主婦が顔をみせないという法はない、と主張したが、島さんは「使いに出ているがもう帰るでしょう」と答えただけであった。
島さんの妻は、――あとでわかったことだが、決して客の前へは出ない。近所づきあいもしないように、島さんのどんな親しい友人が来ても、挨拶はもとより、一杯の茶を出そうともしないのである。この「街」のかみさんたちは、顔の痣を見られたくないからであろう、と云っているが、そんな女らしい羞恥心からでないことは、良人の島さんがよく知っているようであった。