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あんごしんにほんふどき

安吾新日本風土記

坂口 安吾

03 第二回 富山の薬と越後の毒消し≪富山県・新潟県の巻≫

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,916 字 · 46 页

青空文庫

役場から三十分も歩いた部落のどんづまりに寺がある。山門に陽明門のような彫刻をほどこした、しかも落ちつきのある立派な寺。寒村の貧乏百姓に建てられる寺ではなく、成金の建てる寺でもない。何代かの裕福な生活がうちつづいた旦那衆の集まりが建てることのできる落着きのある寺である。寺の裏はもう海で、そこが部落の行きづまりであった。そして寺の角に毒消しの薬を製造している家があった。二人の年配の婦人が毒消しを製造している。(グラビヤ参照)この部落で私が見かけた唯一の工場だ。そこの主人は私たちを快く迎えてくれた。

「代々薬をおつくりですか」

「いえ。百二十年ぐらいのものです。いまの機械が明治二十二年に富山から買って用いはじめたと父が語っていましたが、その昔は手でまるめたものですね。以前は年に六トンつくっていましたが、いまは年に二トン」

五十五六の主人。初対面の私たちと百年の旧知のように隔てのない打ちとけた態度で、薪をくべ、茶をついでくれながらポツリポツリと語る。落ちついたものだ。客に対するという気取りもなければ、東京からの旅人と話をしているという特別の意識もまったく感じとることができない。