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さむはし
寒橋
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1950(昭和25)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,416 字 · 36 页
こんなぐあいにうるさく云って、しまいにはいっしょに付いていったことも幾たびかあった。伊兵衛はその頃からお孝と小田原町の家へ移り、飯炊きの老婆と女中を使って、父娘二人さし向いの生活を始めた。……妻と娘とが交代したかたちである。店と小田原町とを往復するほかには、やっぱり横丁へも曲らないといったふうで、夜釣りも近くの寒橋のあたりで満足した。
寒橋というのは小田原町から築地明石町へ渡したもので、京橋堀と見当堀が大川へおちるおちくちにあった。汀に大きな石のごろごろした、吹きさらしの、「さむさ橋」という俗称のぴったりする観景である。……伊兵衛はそこで釣りをした。寒い季節には布子を重ねたうえから羅紗の古いみちゆきを着て、もうろく頭巾をかぶって、崩れた石垣の上につくねんと糸を垂れている。お孝はそんな恰好をしばしば見にいった。
家から近いので、眠れないときなどは、熱い湯茶を持ってゆき、父のそばに身を跼めて、暗い大川の水を眺めながら、ながいこと時を過すこともあった。
――躯のぐあいのいいときには、おっ母さんも茶や弁当を持って来て呉れたもんだ。
伊兵衛はときにそんな話もした。