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やねうらのさんぽしゃ
屋根裏の散歩者
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1925(大正14)年8月増刊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,862 字 · 57 页
八
その時明智は、袂から取出したエアシップに火をつけながら、ふと気がついた様にこんなことを云ったのです。
「君はさっきから、ちっとも煙草を吸わない様だが、よしたのかい」
そう云われて見ますと、成程、三郎はこの二三日、あれ程大好物の煙草を、まるで忘れて了った様に、一度も吸っていないのでした。
「おかしいね。すっかり忘れていたんだよ。それに、君がそうして吸っていても、ちっとも欲しくならないんだ」
「いつから?」
「考えて見ると、もう二三日吸わない様だ。そうだ、ここにある敷島を買ったのが、たしか日曜日だったから、もうまる三日の間、一本も吸わない訳だよ。一体どうしたんだろう」
「じゃ、丁度遠藤君が死んだ日からだね」
それを聞くと、三郎は思わずハッとしました。併し、まさか遠藤の死と、彼が煙草を吸わない事との間に因果関係があろうとも思われませんので、その場は、ただ笑って済ませたことですが、後になって考えて見ますと、それは決して笑話にする様な、無意味な事柄ではなかったのです。――そして、この三郎の煙草嫌いは、不思議なことに、その後いつまでも続きました。
八
三郎は、その当座、例の目覚し時計のことが、何となく気になって、夜もおちおち睡れないのでした。