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ぞくほうしこう

差別の根源を考える

喜田 貞吉

喜田貞吉『差別の根源を考える』。同一底本的分册已合并为一书。收入:俗法師考、融和促進、融和問題に関する歴史的考察。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,985 字 · 289 页

青空文庫

ここに清水坂の非人とは、当時清水寺に属しておった俗法師であったらしい。前号「サンカ者名義考」にいわゆる坂の者すなわちこれである、清水寺はもと東大寺末で、後に興福寺末となり、その近所の祇園感神院が延暦寺末であったがために、両者常に相敵視するの間柄であった。かくて南都北嶺の軋轢の結果、この清水坂の俗法師が感神院に属して、東大寺所属の奈良坂法師原との間にも、自然悶着を生ずるの機会が多かったに相違ない。問題の起った仁治寛元よりも三十余年前の建保元年十月に、清水寺の法師らが寺家を延暦寺の末寺に寄付せんとして、これがために延暦寺の使いが清水寺の寺領に入部し、南都の衆徒これを憤って延暦寺焼打ちの企てをなしたこともあった(『吾妻鏡』)。これは清水寺の法師らが延暦寺の誘惑に遇ったのであろう。こんな次第で清水坂・奈良坂両所の法師原の間に、右文書に言うが如き悶着も起り、双方互いに自家の利益を主張したものと解せられる。

奈良坂宿が大和七宿の長者だという奈良坂法師原の主張は、当時においてはけだし事実であったであろう。これはかの室町時代において、興福寺所属の十座唱門が大和国中数十個所の唱門の座頭であったというのと相比較すべきものであろう。