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ぞくほうしこう

差別の根源を考える

喜田 貞吉

喜田貞吉『差別の根源を考える』。同一底本的分册已合并为一书。收入:俗法師考、融和促進、融和問題に関する歴史的考察。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,985 字 · 289 页

青空文庫

木辻西阪は今も奈良市に木辻の名があって、『寺社雑事記』長禄二年五月二十一日条に、五ヶ所の内貴通寺の法師原とあるのがこれである。その末路は明らかでない。しかし今もこの地は有名な遊女町で、『坊目考』に、

慶長年間民家二三宇を造り茶店とす。潜に夜発の族を置く。而後在家軒を列ね、竟に遊里傾城町と成云云。

とあるのによれば、その起原がやはり往時の唱門に発したもので、必ずしもそれが慶長に始まったものとも断じがたかろう。唱門師の婦女が往々売女であったことはあえて珍らしからぬことで、正徳三年の長州藩の触書にも、遊女を穢多の種類とある(『郷土研究』二巻二号)。

なおこの西阪の名義について考うべきことは、今の奈良市西坂町の旧エタ部落との関係である。この西阪は『坊目考』には「穢多町(屠者の住居)」とみえ、「先年屠者住居の村巷、町屋に続かずして野中にありしを、中世南都繁昌するの時、竟に穢郷に連続す」とのみあって、その起原を書いてないが、同地の状態は「坂」と称すべき地勢ではない。あるいはこの木辻の西坂の唱門師が移ったがために、故地の名称を伝えたのではなかろうか。同部落の伝えには、彼らの祖先はもと笹鉾町にいたのであったが、奈良奉行の募に応じて斬罪役を引き受けたがために、近隣の者より故障を受け、佐保に家を給してそこに移らしめられ、後