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かげをふまれたおんな
影を踏まれた女
岡本 綺堂
「講談倶楽部」1925(大正14年)9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,608 字 · 23 页
「なぜそんな事を気にするんだろう。あの晩もわたしが一緒に送って来ればよかったっけ。」
「だって、なんだか気になるんですもの。」と、おせきは低い声で訴えるように言った。
「大丈夫だよ。」と、要次郎はまた笑った。
「大丈夫でしょうか。」
二人はもう宇田川町の通りへ来ていた。要次郎の言った通り、この極月の寒い夜に、影を踏んで騒ぎまわっているような子供のすがたは、一人も見いだされなかった。昔から男おんなの影法師は憎いものに数えられているが、要次郎とおせきはその憎い影法師を土の上に落としながら、摺り寄るように列んであるいていた。もちろん、ここらの大通りに往来は絶えなかったが、二つの憎い影法師をわざわざ踏みにじって通るような、意地の悪い通行人もなかった。
宇田川町を行きぬけて、柴井町へ踏み込んだときである。どこかの屋根の上で鴉の鳴く声がきこえた。
「あら、鴉が……。」と、おせきは声のする方を見かえった。
「月夜鴉だよ。」
要次郎がこう言った途端に、二匹の犬がそこらの路地から駈け出して来て、あたかもおせきの影の上で狂いまわった。はっと思っておせきが身をよけると、犬はそれを追うように駈けあるいて、かれの影を踏みながら狂っている。