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かげをふまれたおんな

影を踏まれた女

岡本 綺堂

「講談倶楽部」1925(大正14年)9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,608 字 · 23 页

青空文庫

なにしろこれは一種の病気であると認めて、近江屋でも嫌がる本人を連れ出して、二、三人の医者に診てもらったのであるが、どこの医者にも確かな診断をくだすことは出来ないで、おそらく年ごろの娘にあり勝の気鬱病であろうかなどというに過ぎなかった。そのうちに大野屋の総領息子、すなわち要次郎の兄が或る人から下谷に偉い行者があるということを聞いて来たが、要次郎はそれを信じなかった。

「それは狐使いだということだ。あんな奴に祈祷を頼むと、かえって狐を憑けられる。」

「いや、その行者はそんなのではない。大抵の気ちがいでも一度祈祷をしてもらえば癒るそうだ。」

兄弟がしきりに言い争っているのが母の耳にもはいったので、ともかくもそれを近江屋の親たちに話して聞かせると、迷い悩んでいる弥助夫婦は非常によろこんだ。しかしすぐに娘を連れて行くといっても、きっと嫌がるに相違ないと思ったので、夫婦だけがまずその行者をたずねて、彼の意見を一応きいて来ることにした。それは嘉永二年六月のはじめで、ことしの梅雨のまだ明け切らない暗い日であった。

行者の家は五条の天神の裏通りで、表構えはさほど広くもないが、奥行きのひどく深い家であるので、この頃の雨の日には一層うす暗く感じられた。