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かげをふまれたおんな
影を踏まれた女
岡本 綺堂
「講談倶楽部」1925(大正14年)9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,608 字 · 23 页
何の神か知らないが、それを祭ってある奥の間には二本の蝋燭がともっていた。行者は六十以上かとも見える老人で、弥助夫婦からその娘のことをくわしく聞いた後に、彼はしばらく眼をとじて考えていた。
「自分で自分の影を恐れる……それは不思議のことでござる。では、ともかくもこの蝋燭をあげる。これを持ってお帰りなさるがよい。」
行者は神前にかがやいている蝋燭の一本をとって出した。今夜の子の刻(午後十二時)にその蝋燭の火を照らして、壁かまたは障子にうつし出される娘の影を見とどけろというのである。娘に何かの憑き物がしているならば、その形は見えずともその影がありありと映るはずである。その娘に狐が憑いているならば、狐の影がうつるに相違ない。鬼が憑いているならば鬼が映る。それを見とどけて報告してくれれば、わたしの方にもまた相当の考えがあるというのであった。かれはその蝋燭を小さい白木の箱に入れて、なにか呪文のようなことを唱えた上で、うやうやしく弥助にわたした。
「ありがとうござります。」
夫婦は押し頂いて帰って来た。その日は夕方から雨が強くなって、ときどきに雷の音がきこえた。これで梅雨も明けるのであろうと思ったが、今夜の弥助夫婦にとっては、雨の音、雷の音、それがなんとなく物すさまじいようにも感じられた。