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かげをふまれたおんな

影を踏まれた女

岡本 綺堂

「講談倶楽部」1925(大正14年)9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,608 字 · 23 页

青空文庫

子ども同士がたがいに影を踏み合っているのは別に子細もないが、それだけでは面白くないとみえて、往々にして通行人の影をふんで逃げることがある。迂闊に大人の影を踏むと叱られるおそれがあるので、大抵は通りがかりの娘や子供の影をふんで、わっと囃し立てて逃げる。まことに他愛のない悪戯ではあるが、たとい影にしても、自分の姿の映っているものを土足で踏みにじられるというのは余り愉快なものではない。それについてこんな話が伝えられている。

嘉永元年九月十二日の宵である。芝の柴井町、近江屋という糸屋の娘おせきが神明前の親類をたずねて、五つ(午後八時)前に帰って来た。あしたは十三夜で、今夜の月も明かるかった。ことしの秋の寒さは例年よりも身にしみて風邪引きが多いというので、おせきは仕立ておろしの綿入の両袖をかき合わせながら、北にむかって足早にたどって来ると、宇田川町の大通りに五、六人の男の子が駈けまわって遊んでいた。影や道陸神の唄の声もきこえた。

そこを通りぬけて行きかかると、その子供の群れは一度にばらばらと駈けよって来て、地に映っているおせきの黒い影を踏もうとした。はっと思って避けようとしたが、もう間にあわない。