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かげをふまれたおんな

影を踏まれた女

岡本 綺堂

「講談倶楽部」1925(大正14年)9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,608 字 · 23 页

青空文庫

いたずらの子供たちは前後左右から追っ取りまいて来て、逃げまわる娘の影を思うがままに踏んだ。かれらは十三夜のぼた餅を歌いはやしながらどっと笑って立ち去った。

相手が立ち去っても、おせきはまだ一生懸命に逃げた。かれは息を切って、逃げて、逃げて、柴井町の自分の店さきまで駈けて来て、店の框へ腰をおろしながら横さまに俯伏してしまった。店には父の弥助と小僧ふたりが居あわせたので、驚いてすぐにかれを介抱した。奥からは母のお由も女中のおかんも駈け出して来て、水をのませて落ち着かせて、さて、その子細を問いただそうとしたが、おせきは胸の動悸がなかなか静まらないらしく、しばらくは胸をかかえて店さきに俯伏していた。

おせきはことし十七の娘ざかりで、容貌もよい方である。宵とはいえ、月夜とはいえ、賑かな往来とはいっても、なにかの馬鹿者にからかわれたのであろうと親たちは想像したので、弥助は表へ出てみたが、そこらにはかれを追って来たらしい者の影もみえなかった。

「おまえは一体どうしたんだよ。」と、母のお由は待ちかねてまた訊いた。

「あたし踏まれたの。」と、おせきは声をふるわせながら言った。