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かげをふまれたおんな
影を踏まれた女
岡本 綺堂
「講談倶楽部」1925(大正14年)9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,608 字 · 23 页
らしい。しかもそれを信じて、それを恐れる人たちからみれば、それが一般的であるとないとは問題ではなかった。
「馬鹿を言わずに早く奥へ行け。」
「詰まらないことを気におしでないよ。」
父には叱られ、母にはなだめられて、おせきはしょんぼりと奥へはいったが、胸いっぱいの不安と恐怖とは決して納まらなかった。近江屋の二階は六畳と三畳のふた間で、おせきはその三畳に寝ることになっていたが、今夜は幾たびも強い動悸に驚かされて眼をさました。幾つかの小さい黒い影が自分の胸や腹の上に跳っている夢をみた。
あくる日は十三夜で、近江屋でも例年の通りにすすきや栗を買って月の前にそなえた。今夜の月も晴れていた。
「よいお月見でございます。」と、近所の人たちも言った。
しかし、おせきはその月を見るのが何だか怖ろしいように思われてならなかった。月が怖ろしいのではない、その月のひかりに映し出される自分の影を見るのが怖ろしいのであった。世間ではよい月だといって、あるいは二階から仰ぎ、あるいは店さきから望み、あるいは往来へ出て眺めているなかで、かれ一人は奥に閉じこもっていた。
――影や道陸神、十三夜のぼた餅――