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かげをふまれたおんな
影を踏まれた女
岡本 綺堂
「講談倶楽部」1925(大正14年)9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,608 字 · 23 页
「誰に踏まれたの。」
「宇田川町を通ると、影や道陸神の子供達があたしの影を踏んで……。」
「なんだ。」と、弥助は張り合い抜けがしたように笑い出した。「それがどうしたというのだ。そんなことを騒ぐ奴があるものか。影や道陸神なんぞ珍らしくもねえ。」
「ほんとうにそんな事を騒ぐにゃ及ばないじゃないか。あたしは何事が起こったのかと思ってびっくりしたよ。」と、母も安心と共に少しく不平らしく言った。
「でも、自分の影を踏まれると、悪いことがある……。寿命が縮まると……。」と、おせきはさらに涙ぐんだ。
「そんな馬鹿なことがあるものかね。」
お由は一言のもとに言い消したが、実をいうとその頃の一部の人達のあいだには、自分の影を踏まれるとよくないという伝説がないでもなかった。七尺去って師の影を踏まずなどと支那でもいう。たとい影にしても、人の形を踏むということは遠慮しろという意味から、かの伝説は生まれたらしいのであるが、のちには踏む人の遠慮よりも踏まれる人の恐れとなって、影を踏まれると運が悪くなるとか、寿命が縮むとか、はなはだしきは二年の内に死ぬなどという者がある。それほどに怖るべきものであるならば、どこの親たちも子どもの遊びを堅く禁止しそうなものであるが、それほどにはやかましく言わなかったのをみると、その伝説や迷信も一般的ではなかった