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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
だから千家を悪くいう人は一人もいなかったであろうし、皆、千家には悪気なんかないという最高の人間としての勲章をあたえている。私自身もたまに宴会で行きあうと、此方から微笑みを用意して、この詩人と交わす十分間かそこらの短かい話を愉しんだ。言葉を沢山持たない人であるから話はすぐに絶えるが、絶えて此の人の下手な着物の着方を見ていても、千家らしく好感があった。
尾崎喜八の読破した詩の数でも、千六百二十六篇に及んでいて、それは彼の詩の数から言って十分の一にも足りないそうだが、恐るべき多くの詩の中を踏破したものだ。それはやがて生涯にだぶついた時間の悉くを詩作にそそぎ込んでいたことが判るし、詩をつくる以外には何も外の物は書かずに、また普通の教師とか原稿書きなぞもしなかったことを証するものである。睡っては書き起きては書き、歩いては書き食べては書いていたものらしい。こんなに多くを書き、書くことに少しもこだわらない無邪気さで、書き抜いた詩人はこの人だけであろう。
たとえば自分の子供の育ちをいつも、ゆだんなく見詰め、これを何篇にも書き現わしているが、そこにも素材の行き詰まりが見られるけれど、行き詰まりが却ってよい詩をものがたっている。