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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页

青空文庫

殆ど私は藤村と対談したことは二、三度くらいしかなく、宴会であっても永く話をしたこともなかった。遠くで見て、遠くで感じた藤村はきざや気どりや思わせぶりもなく、煙草ばかり沢山喫んで所在なげに宴会や集合が、いかにめんどうで退屈なものであるかが、彼がつぎから喫む夥しい煙草の本数で判った。全く宴会では煙草が藤村をたすけ、無聊をなぐさめている唯一のものであるらしかった。

「今日はなかなか盛会ですね。」

と、私は或る時たったそれだけの言葉をいうだけで、この大家の前で私は煙草を喫みながら言った。小説でも書かなかったら生涯この大家の前にも出られない男は、右の手に煙草をけむらせ、ひとかどの作家づらで対面していた。そしてそれはやっと今日はなかなかの盛会ですねという以外には、言葉の現わしようもない男であった。つまりその他の言葉は持って出ようにも、白皙温顔の藤村の前では、どうにも喋べり続けられないのであった。藤村がたくさんの仕事をしていて、その仕事の釣合いのとれない貧弱な仕事を持つ私は、やはり仕事の威勢で圧されるのは当然であった。われわれ文学のともがらは面はどんなにまずくとも、仕事の張っている人間の前ではいつも圧されていた。