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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
これには二十六歳で死んだ立原道造という男がのっていた。私はこのふたつの風船の純潔さを、それがどれほどの違いを持ち合い、どれほどの違いを現わしているかを毎日見ていた。
高村光太郎がいわゆる中間雑誌にも書くようになったのは、ようやく雑誌の灰汁がしみ亙っていて一々それを拭いていられなかったからである。かれの詩が凡ゆる詩というものが雑誌のかざりとうめくさであることに間違いなく、かれの詩もまた雑誌のゆびわや帽子の役目をつとめるようになっても、かれはあまりこたえる風もなかった。あるいはこたえても、そんな子供くさい事には、もう一々潔癖がまもれなかったのかも知れぬ。
永年に亙り自分の詩をそだてるうえに、注意ぶかく卑俗を避けていたかれは、時勢もそうであったが持ちきれなくて半分投げ出したところがあった。二種類の文学全集、彼自身の全集とかいうものが、かれを文学の泥臭い中に抱きこんでしまったものの、そんな泥を吐くいとまさえなかったのである。それはそうであってよかったのだ。詩は詩であっても文学は泥くさいほど美しい、泥のついていない詩や文学はご免蒙りたいものである。巨大豪放の透明感というもの、清純高潔の生き方というものを最後まで持ちつづけたかれも、時々、その反対の生き方を強いられてくると、口ごもりながら、これは何とかしなければなら