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おうぎの

扇野

山本 周五郎

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页

青空文庫

「おけいさんは知らないんだ」

栄三郎は寝ころんだまま云った。

「私は貴女のお父さんに固く茶屋酒を禁じられているんだよ、ひどい道楽者だったんでね、それをやめるなら面倒をみてやろうって、断わられているんだ」

「あたし知ってますわ」おけいはやさしい眼つきになって云った、「でもそれは三宅先生が好きで道楽をなすったんじゃないんでしょ、先生の先生が先生を誘惑して」

「もういいよ」栄三郎はにが笑いをしながら手を振った、「私の先生のことだけは云わないでおくれ、私にはそれがなにより辛いんだ」

おけいは、はっとして眼を伏せた。その事情も聞いていたのだろう、いかにも済まなそうに、小さい声で「ごめんなさい」と云い、すぐにまた陽気な顔つきになった。

「でもね、気を変えにいらしったらというのは、本当は父さんが云いだしたことなんですのよ。こちらへ来てからどこへもおでかけにならない、自分との約束を守っているならもうその必要はないし、根を詰めてばかりいらしってもお躯に悪いだろうからって」

「わかった、――」と栄三郎は微笑した、「お許しが出たのならそうしよう、そんなに心配をかけては申し訳がないからな」