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おうぎの
扇野
山本 周五郎
「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页
「その近くでおろしてくれ」
帯のように長く延びた、狭い町の一角で駕籠をおりると、黄昏がかる街上に強く潮の匂いがした。船の出入りや、諸商人の集まることでは、浪華に次ぐといわれるそうで、狭いながら街は繁昌しているし、船夫や旅人などの往来でいかにも活気だってみえた。――栄三郎は教えられた遊女町へは入らず、昏れかかる街をあてどもなく歩いたうえ、かなり大きな構えの料理茶屋の前で立停った。古い造りの総二階で、軒行燈に「桑名屋」とあり、二階で三味線や太鼓の音がしていた。
栄三郎が立停ったとき、その店の中から若い女中が出て来て、軒行燈に火を入れた。二十ばかりの、背丈の小さな、はしっこそうな女で、立っている栄三郎にちょっと目礼し、馴れた手つきで軒行燈に火を入れたあと、また栄三郎のほうへあいそ笑いをみせた。その笑顔に誘われるように、栄三郎はついその店へ入っていった。
よく拭きこんだ飴色の、広い階段を登り、広い廊下を二た曲りして、その端の八帖の座敷へとおされた。案内をしたのは四十二三になる痩せて骨ばった躯つきの、おまさという女中で、色が黒く、顔も骨ばっていて背丈が五尺四寸くらいあった。