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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

08 第八分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 192,758 字 · 383 页

青空文庫

「言伝てたしかに聞いた。大儀である。――秀吉からも一槍を貰うたそうだが、わしからも贈ろう。洛中はまだ物騒じゃ。供の者に持たせて、用心怠りなく帰るがよい」

施薬院が辞去した頃は、すでに下鳥羽は宵だった。風が出て、雲脚が迅くなりかけている。

「暗いぞ。気をつけて参れよ」

光秀はそれを見送って、陣外の丘の端に佇んでいた。――が、彼を送るのが主ではなく、白眼、天を仰いでいたのである。

「降りそうな……」

と、彼は独りつぶやいた。この風では降りもしないかと思われる一方に出た呟きだった。戦いに臨まんとするや、まず気象を見定めておくことは将の肚として重要である。光秀はかなり長く雲のうごきや風の方向を案じていた。

さらに、脚下の淀川を見た。

チラチラ、と風にそよぐ小さい灯は、味方の哨戒舟であろう。大河のうねりは白く、山崎その他、摂津一円は、ただ漆にひとしい闇でしかない。

「筑前風情が、何ほどのことを! ……」

この河の、はるか海口、尼ヶ崎の空へむかって光秀のひとみが、光芒を放ったようにすわったとき、彼のくちびるはかつて吐いたことのない強い語気をもらした。

「作左。作左。