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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

08 第八分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 192,758 字 · 383 页

青空文庫

この辺は、明智の左翼第二隊、阿閉貞明の陣地である。北軍の破綻はまずこの一線から生じた。すでに味方の左翼が猛突撃を起しているにかかわらず、しきりと弾煙のみ立てて、火器の威力を恃み過ぎていたためである。

藪を踏みこえると、所々の湿地のほかに、畑や野道や団栗林などが見える。明智勢はそのいたる処に真ッ黒なうごきを呈しており、今や、味方の陣地内へ一歩突き進んで来た敵を見ると、怒濤のように、思い思いの相手を目がけて駈け蒐まった。

「ありゃありゃ」

と、異様な声を発して、明智方から挺身して来る巨漢がある。見るまに、彼の重そうな強槍は、中川隊の士を四、五名突ッかけて、左右に刎ねとばし、なお此方へ奮迅して来た。

具足はつけているが兜はいただいていない。鉢巻から逆立つ乱髪は一炬の炎のように赤ッぽく見え、その大きな双眸の光と共に、いかにも万夫不当のさむらいらしく見えた。

その漢に突き崩されて、中川隊の一角は、ふたたび川の側まで押し返された。――と見て、中川勢のうちから、

「おのれ、われ独り武者顔する憎い奴。ここに織部のあるを知らぬか」

と、呼びながら、颯爽、前を遮って、猪武者の槍のなかばを、槍をもって、ぴしッと搦み合わせて行った一将があった。