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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

08 第八分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 192,758 字 · 383 页

青空文庫

天下の相貌はまだまだ決して一旦の狂瀾からもとの平静に帰ったわけではないのみか、信長逝き、光秀去って、ふたたび全土三分の大分裂を来すか、或いは、室町中期のもっとも悪い一時代のような、同族抗争と群雄割拠の状が再現するにいたるかも知れないと思われるようなものすらある。

かかる中に、秀吉は数日三井寺からうごかなかった。

十七日には、ここへまた、明智方の老臣斎藤内蔵助利三が、捕われて引かれて来た。

秀吉は、この老虜将の白髪をあわれみ、

「望みは」

と訊いてやった。

「ただ、死のみ」

という利三の答えだった。

訊問によってわずかに彼が知り得たところによると、内蔵助利三は十三日山崎に敗れた後は子息の利光や三存とも別れ別れになり、江州堅田の民家にひそんでいたところを捕えられたものである。身には幾ヵ所かの矢傷槍傷を負い、毛髪は麻のように白く、見るからに愍れであった。

十八日、洛中を引きまわし、後、首級は粟田口に梟けられた。

ここに市井の一小事件があった。

首の紛失である。

粟田口に梟けられた斎藤利三のそれは、本能寺から移して来た光秀の首級と並べられていたが、曝されたのはわずか半日、その夜、何者かに盗まれてしまった。