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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

08 第八分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 192,758 字 · 383 页

青空文庫

きのうまでは、良人は戦場に在り、自分たちは国内にある、という観念でいたのが、一朝にして、そのけじめもなく、居る所いずこも戦場と化したのである。

が、これが戦国のあたりまえな相であった。戦国に生活してゆく人々にとっては、たとい一時の狼狽はしても、

(夢のような)

と、おろおろするようなことはなかった。あり得ぬことと嘆き沈んで、滅失に囚われてしまうような不覚者は侍女のなかにもいなかった。

ただ、母の身を、何処へ移しまいらせようか――それには寧子も心をいためた。一時、城は敵手にゆだねても、あの良人のことである。いつかかならず奪回する。その信も固かった。けれど万一、老母の身にひとすじの矢でも負わせたら取り返しがつかない。留守をあずかる妻として、良人にあわせる顔はない。それをのみいっぱいに思った。

「ただ母様を。――母様のお身を護って給も。寧子の身などかもうてくれるな。いくら惜しい物とて、財宝には心をひかれまいぞ」

寧子は、召使う女たちへも、一族の誰彼へも、こう諭したり励ましたりして、必死に道を東へ東へ急いだのであった。

長浜の西方一帯は湖だし、北は敵の京極や阿閉の与党が牽制しているし、美濃路の方面はまったく動静が知れないし、必然、伊吹の山ふところを望んで逃げてゆくしかなかったのである。