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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

学問の比較的盛んであった南北朝の宮中にもし宸翰本のごとき『枕草紙』が伝わっていたとすれば、他方にこれと全然構造を異にする耄及愚翁本が存したということは、はなはだ理解し難いことである。自分は古写本についての知識はないが、たとい耄及愚翁本が安貞二年のものに相違ないとしても、それを転写した古写本が耄及愚翁本の原形を正確に伝えているということは断言し得られぬと思う。なぜなら奥書きの保存は必ずしもその本が原形のままであるということの証明にはならないからである。たとえば応仁の乱の際には無数の典籍が焼かれたが、幸いに耄及愚翁本は助かったとする。しかし草紙の綴じ目が切れて紙がバラバラになり、それが秩序もなくつかねてあったとする。天正、慶長のころに少しく学問のあるものがこれを見いだして、その紙を自分の考えによって整理し、それを写したと仮定すれば、転写の原本は耄及愚翁の自筆に相違なくその奥書きも真正なものに相違ないとしても、なおその原本写本ともに本来の秩序を伝えていないということは十分あり得るのである。これは単に想像に過ぎないけれども、奥書きのゆえをもって安貞二年にも『枕草紙』