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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页
かくして絶対者は常に特殊の形に現わされる。その特殊の形が永遠にして神的なる価値を担うのは、それが絶対者を現わすゆえである。しかしそれが絶対者を現わすにかかわらず常に特殊の形であるところに我々は、追求し苦しみ喜んだ人々の、価値を求めてあえいだ心を感ずることができる。
もとより我々がある一つの宗教を「特殊な形」と認めることは、その宗教の信者にとっては許されないことであろう。たとえばキリストを信ずる者にとっては、キリスト教は「特殊な形」ではなくして絶対的宗教である。彼らはナザレのイエスが、旧約聖書の内に神の約したキリストであり、神の子であり、そうして人間救済のために多くの苦難を受け、十字架につけられ、三日目に甦ったことを信ずる。(この歴史的事実を信ぜざるものは、キリストを信ずるのではない。キリストを単に偉人あるいは宗教的天才と見て、神の子であることをただ象徴的にのみ解するのは、全然別の立場である。)パウロはキリストを信じた。キリストの十字架は彼にとって絶対的真理であった。彼が「世の智慧」を斥けて「神の智慧」を説くのは、この真理を受けしめんがためであって、究竟の一、あるいは無念の真如を受けしめんがためではない。