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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

関東への下向を勧めたものに答えて言っている――否、自分は行かない。もし仏の真理を得ようとする志があるならば、山川江海を渡っても、来たって学ぶがよい。資力を得、世間的に名をなすために人を説くごときは、自分の最も苦痛とする所である(随聞記第二)。

すなわち彼は世間的に仏法を広めることをもって仏法興隆とは解しなかった。造像起塔を盛んにするごときはもとより仏法興隆ではない。たとい草菴樹下であっても、法門の一句を思量し、ひと時の坐禅を行ずる方が、真実の仏法興隆である。また帰依者の数の多数であることも、仏法興隆を意味しはしない。たとい六、七人といえども、真実に仏祖の道を行ずるものがあれば、それこそ仏法の興隆である。

かくのごとき道元の態度が多数の帰依者を集むるに不便であったことは言うまでもない。懐奘を首座に請じたのは道元三十七歳の暮れであるが、その時に彼は「衆の少きを憂ふること勿れ」と言っている。

追随するものは少なかった。しかし彼のいわゆる「激揚の時」は、すでに来ているのである。『学道用心集』を読み『随聞記』を読むとき、真理王国建設の情熱は火のごとくに我々に迫って来る。