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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

道を得た比丘尼の存することは女人全体の「道への可能性」を立証する。かつて悪人であったものが道を得たことは、一切の悪人の「道への可能性」を立証する。単に淫婦であり悪人であるゆえをもって、道場に入る権利を奪わるべきでない。一切の人は、その稲麻竹葦のごとき身心を法の容器となし得るがゆえに、平等に待遇さるべきである。人としてこの世に生を享けたということは「あひがたき法」に逢ってそれを得るという幸福な機会が与えられたことを意味するのであって、何人もこの機会を遮げる権利は持たない。

我々はここに二つのことが説かれているのを見る。一つは世上の価値の差別を撥無することである。種姓も美醜も、階級の貴賤も、官位も長幼も、すべて人の貴さには関するところがない。人は平等である。稲麻竹葦のごとき価値なき身心において平等であるとともに、この身心が法の容器であり得る点においても平等である。が、第二は、法を重んずることによって人間に真実の価値の階段を与えることである。人は得髄を礼拝せねばならぬ。人としては平等であっても、法を担うものとしては平等でない。法の貴さを認めるものは、やがてこの不平等を認め、価値高きものを尊ぶことを知らねばならぬ。