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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

従っていかに新しく開展させられても、それは常に仏祖の言説である。が、まさにこのところに、彼が概念の固定を破した趣を看取すべきであろう。古き概念は絶えず新しく改造され、そうして常に仏法を開示する。ただ彼は仏法よりいづる「開展」に着目せずして、すべての開展がいでくるところの「仏法」に着目するのである。かくて彼においては、一々の新しい開展である面授面受が、常に一つの仏法の具現として解せられている。もちろんこれは彼のみに見られる傾向ではない。一般には宗教の閾内における思索、特に東洋の思想において、開展の自覚の乏しいのは著しい事実である。このために歴史的理解は遮断され、思想の順当な開展は阻害された。が、それにもかかわらず、彼の思想が生々として力を持つのは、無意識的な開展によって絶えず概念の固定を破したからである。従って彼が「すでに仏々祖々の言説に表現された」真理をいうとき、実は彼自身の新しく開展した思想を意味している。面授面受によって彼は仏祖の言説の内に自己を見いだす。というよりも仏祖の言説を自己の組織に化する。面受は重大な契機であるが、それは思想的表現を斥けるものではなくかえって可能にするものである。