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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页
右のごとき前後期の開展や後期の内部における開展が、唐におけるそれとちょうど平行しているか否かは、自分のいまだ明らかにせざるところである。薬師寺聖観音や法隆寺壁画のごとき作品が唐の遺品中に存せざるゆえをもって、この種の様式が西域より唐を素通りして日本に渡来したと説く学者もある。しかし我々の乏しい知見によれば、中央アジアのギリシア仏教式美術にも、またはアジャンター等のインド美術にも、右の諸作と全然様式を同じゅうするものは存しない。右の諸作は西方のものに比して明らかに芸術上の純粋化を示している。そこでこの純粋化が唐人の仕事であるかあるいは日本人の仕事であるかがここでは問題なのである。それが遺品によって決定し得られぬとすれば、我々は一歩を退いて少なくともこの仕事が当時のシナ日本を含む東亜文化圏内での仕事であることを認めればよい。そうして右の諸作の製作地が日本であることに基づき、日本人の内にもこの仕事の有力な選手が存したことを認めればよい。次いで我々は天平の諸作をそれと近似せる唐の作品と比較し、天平の諸作が芸術としてより多く純粋であることを看取する。そこでたとい唐において日本と同じき様式開展が日本よりも早く日本に対する模範として行なわれたとしても、それをより純粋な形に高めたのが日本であると言い得るであろう。