轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
にっき
日記
宮本 百合子
33 一九五〇年(昭和二十五年)
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 9,740 字 · 20 页
四月三日
四月八日
〔MEMO〕
四月十日
四月十一日
四月二十日
四月二十一日
四月二十六日
四月二十八日
四月二十九日
宮九州へ、午後一時で立ったが、まだ書きもの終らず(積極的意義)沼津までついて行って、夜八時ごろ、グロッキーで送ったものかえる。
四月三日 月
世界評論へやっと「十二年の手紙」第一巻分十三年までわたす。
四月八日 土
宮、帰宅。
〔MEMO〕
第十八拡中以後の言論抑圧と討論の禁止、研究会禁止、はなはだしかった。
四月十日 月
二つにわれた感じだ。
四月十一日 火
たった二十日の間に、これだけのことをやっているんだから。
四月二十日 木
20日ごろの中委がのびた、病気だからというわけで。
四月二十一日 金
28、29、30と中央委員会をもつなんて、国際記録にもないことだ。きっと、インターフェアがおこる、あるいはそれをカウントして、こういう日どりかもしれず、大したことはない、そうじゃあない、やめさせて五月へ入ってあとにするべきだ。“もうかえられない。”
四月二十六日 水
編集会議。徳永来ズ、菊池来る、八月号の内容をきめる。
四月二十八日 金
第十九回拡中委、第一日。
四月二十九日 土
同、第二日。分派問題が一応ケリがついた、夜九時半ごろ、宮の官僚主義批判がはじまりかけていたとき、国際情勢を語るといってタスも出したあと、立ち上ってテーブルを叩いて罵倒して、そこへ、スルスルと出て来て野坂によませる、吉田首相のコンセイによって共産党を