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わせだだいがく

早稲田大学

尾崎 士郎

尾崎士郎『早稲田大学』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「早稲田大学」凡例、早稲田大学、早稲田大学について、風蕭々、学校騒動。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,204 字 · 220 页

青空文庫

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わが早稲田大学も今後、時勢の変化に伴って学校の形態もおのずから変ってゆくであろう、しかし、この銅像の存するかぎり、われ等の理想は永遠であり不朽である。興廃浮沈は吾輩の関するところではない。――早稲田の学風を慕って来り学ばんとする青年の跡を絶たぬかぎり、学園の前途は洋々たる希望にみちみちているんである」。

この日、老侯爵は特に上機嫌であったらしく、ふたたびうしろを振りかえって教授席にいた高田博士と視線がぶつかると、

「のう、高田君、坪内君、天野君」。

と、ほがらかな微笑をうかべ、大きく無造作な態度で呼びかけると、嵐のような拍手が鳴りひびいた。

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早稲田大学の前身である東京専門学校の創立は、明治十五(一八八二)年十月であるから、大隈重信は数えて四十五歳であった。その頃から福沢諭吉と交遊の深かった彼が、当時、日本唯一の私学であった慶応義塾の経営に助力していたことも確かであるが、彼が進んであたらしい私学の創立を企てたのは、その前の年、伊藤博文、黒田清隆、山県有朋、井上馨等の薩長派から政府転覆の陰謀を策するものであるという理由の下に致命的な排撃をうけ、ついに参議の職を去らなければならない運命に陥ったことに端を発する。