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ばんしゅう
晩秋
山本 周五郎
「講談倶楽部」博文館、1945(昭和20)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,792 字 · 23 页
その言葉を待って都留はそっと面をあげた。小柄な、痩せた老人がこちらを見ていた、髪は殆んど灰色になっているし、朽葉色をした顔は皺が多いうえにたるんで、頬のあたりには醜い老年のしみが出ていた。それに着物も袴も粗末な、幾たびも水をくぐったような品で、ぜんたいがいかにもみすぼらしく、まるで貧しい農家の老翁という感じだった。……都留は心にとめるように、かなり大胆に相手の顔を見たが、主計は一べつをくれて頷いたきり、黙って外記のほうへ振返った。都留はそのまま自分の部屋へさがった。
世間には秘められたまま、その部屋での新しいひっそりとした生活が始まった。実際それはひっそりとした明けくれだった。都留の他には外記の家士で藤巻忠太夫という老武士と、炊事や下働きをする下僕夫妻の三人きりである、忠太夫は玄関の取次ぎが役目であるが、客は限られているし極めて時たまのことだから、老人は殆んど玄関脇のひと間にこもったきりである、下僕夫妻はむろん奥へは来ず、主計の身のまわりはまったく都留ひとりの手に任されていた。……そう云ってもかくべつ忙しいわけではなかった、食事の給仕と寝所の世話ぐらいが定まったもので、あとの事はたいてい主計が自分でした。